行き先が決まっていて
それが自分の行きたい場所であれば
その道中は楽しい
たとえ雨でも風でも
不快なことがあっても
途中で嫌になって辞めたりはしない
何のために?
行き先がなかったら
歩く意味はない
歩くという行為は
足を交互に前に出すだけの
ただのつまらない作業
運動としての行為を除いて
それ自体が目的にはならない
仕事でも勉強でも同じこと
自分が決めた目的は
はっきりと、そこにはあるか
それが分からなくなったら
歩く意味が分からない
だから、歩くのを止めて
考え直す作業をする
走れ、と言われる
立ち止まっていても何も見えてこない
そこから遠くを眺めていても
何も変わらない
走りながら考えろ、と
確かに若い頃はそれが大事だ
自分の中に、まだ何もないから
インプットしていかないと
けど、もう若くない
インプットは十分
自分の中に答えはある
だから、分からないなら
無闇に走るのは止める
このまま毎日
言われるがままにやっていることは
ある意味、楽で簡単で
この先もずっと
何も考えないで行けるかもしれない
指示を出す側からすれば
そのほうがいい
言われた通りに実行できる人物
そうして真面目で素直な
便利な人材が育っていく
抵抗するのは大変だ
気力も労力もパワーが要る
自分で考えて動いて
異なるベクトルを持つ相手と
対峙しないといけない
それでも
自分がそのほうが楽しいと
思える方向へ
行き先に向かう道のりであれば
充分に力強く
足を前に出して進むことができる
このまま先を進んでも
行きたいところにはいけない
方向を軌道修正する



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